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術後四日目

毎朝、朝一で採血。血液の凝固状態を調べて、ワーファリンという血栓ができるのを防ぐ薬の量を判断する。最初の2、3日は3~4mg/日飲んでいたが、最終的には1.5mg/日になる。弁形成術の場合、約三ヶ月飲み続ける必要がある。ちなみに、機械弁による弁置換の場合は、一生飲み続けなくてはならない。

入院当初知り合った患者仲間が、次々と退院していく。退院の挨拶にベッドまで来て下さった方々の写真を撮った。皆さん、退院の時はいい笑顔をしている。

リハビリ運動は毎日ある。今日は、階段昇降。しっかりと歩けた。血圧が高め。特に、下が100くらいある。少し、頭がボーとする感じ。

全身シャワーはまだ無理だけど、シャワー室で頭だけ看護師さんに洗ってもらう。これが最高に気持ちいい!

夕方、ドレーンの創部分に付けてあったホッチキスの芯のようなものを取り消毒。そして、残っていた体外式ペースメーカーのリード線を外す。「息を止めて、ハイッ」って感じで抜くのだが、痛みはまるでなし。これで、体から全ての管や線が抜けた。メデタシ、メデタシ。胸の創には術後から透明のテープが貼り付けてあるが、これは明日剥がすらしい。

夜、主治医が見つかる診療所の「芸能人人間ドックスペシャル」なるテレビ番組を見ていると、南淵先生が出演されていた。これまで、医学系の番組は全く見てこなかったので、実際にテレビで南淵先生を見たのは初めて。ゲストの藤田朋子さんの診断結果、心臓の弁に逆流(軽度)が見つかったとのこと。なんか変な親近感を感じてしまうなぁ。

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術後三日目

「二階、デイルーム、ドクターハート!」

緊張感のある館内アナウンスが流れた。手術翌日の午後のことである。

見舞客や手術中の家族が待機するデイルームで、入院患者の一人が床に倒れ込んだらしい。アナウンスを聞いて、医者と看護師が廊下を全速力で走って10人以上集まってきた。幸い、直ぐに処置を施され問題はなかったとのこと。

別の日にはこんなことがあった。夜中の2時頃、ドシン!というものすごい物音が。あわてて看護師が駆け寄る。術後の患者さんが、トイレでめまいか何かで倒れたようだ。こちらも、幸い、その場で立ち上がってベッドまで戻られたので大事に至らなかった。

ちょっと緊張感を感じた病院での出来事であった。体の無理は禁物である。

術後、熱は少し続いているが、胸の創の痛みは不思議とほとんど感じない。痛み止めの錠剤(ロキソニン60mg)を飲んでいるからかもしれないが、本当に痛みによる苦痛というのは無くて拍子抜けしてしまった。胸骨を20cm以上も人工的に骨折しているというのに、昨年、自宅の階段を踏み外して足のくるぶしの骨に僅かなヒビが入った時の方がよっぽど痛かった。創の痛みは、若ければ若いほど感じるらしく、「高校生なんかは泣いちゃってますよ」って、看護師さんが言っていた。ということは、私はもうそんなに若くないってこと!?

術後は気管に入れてあった管の影響で、咳やたんが出やすくなる。その際に胸の骨に痛みを感じるとのこと。しかし、私の場合は、咳もたんもほとんどでなかった。ちなみに、喫煙をされていた方はこの点では大変らしい。

また、人によっては、術後に肺に水が貯まる場合がある。もし水が貯まれば、局部麻酔をして、肺に管を差し込み、水を体外に強制的に排出するらしい。隣のベッドの人がこの処置をやっていて、先生の声が聞こえてきた。管を挿すのは案外簡単っぽく、「はい、もう500ml出ましたよ。まだ、ジャンジャン出ますからね」なんて感じでやっていた。これも私は免れた。

心臓へ負荷を掛けないようにするために、水分の制限を受けるという話がネットに経験談としてよく書かれている。だが、私の場合は何も制限がなかった。別の弁膜症の患者さんは、当初1000cc、後に1500ccとか制限されて少し辛そうにされていた。純粋な飲み水、お茶だけではなくて、食事に含まれる水分(味噌汁やヨーグルトなど)もカウントされるので、本当に飲みたい時に飲めないらしい。夏場はかなり辛いかも。

今回の私の場合、幸いなことに、苦しみらしい苦しみはほとんどなかった。感謝せねば。

今日の検査は、胸部レントゲンのみ。これは、楽。いつも通り、正面と横からの2枚撮影。

午後、病室をベッドごと移動。ナースステーション前の特等室からちょっと脇の部屋へ。重点観察患者のリストから外れたか!?

この日の夕食から常食に。友人に、手術は無事終わり、順調に回復している旨のメールを打つ。

術後、夜、よく眠れる人と、眠れない人に分かれるらしい。私は後者であった。眠剤(マイスリー5mg)を飲んで床に就く。眠剤を飲んで目を閉じると、アートっぽい幻想がまぶたの裏に広がる。そして、知らない間に眠ってしまった。4,5時間はぐっすり眠れるのだが、その後、急に眼が冴えてしまう・・・

幻想の世界幻想の世界ってこんか感じか??? (TC-1 + Tri-X 400)

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術後二日目

前日と比較すると体の状態が全然違う。人間って、こんなに回復力のあるものなのかと驚くくらいだ。

朝、点滴の管がとれて、歩き回るのも楽になった。今日のリハビリメニューは、100m歩行。例によって、血圧と心電図を歩行の前後で記録して、先生が判断を行う。OKがでれば、それ以降、そのOKになった活動範囲内で自由に動くことができる。

大和成和病院には、心臓リハビリテーション科があり、術後の入院患者はもとより、退院後も外来で心臓リハビリを受けることができる。専任の理学療法士(PT)と看護師さんが対応してくれる。

心臓手術という大きな治療を行った後、やはり、リハビリ専任のスタッフが周りにいるのといないのでは、運動を行うことに対する安心感が全然違うと思う。

ちなみに、私のリハビリ試験合格の経緯は下記の通り。

 1.手術翌日   トイレ歩行(10m)
 2.術後2日目  100m歩行
 3.術後4日目  100m歩行 + 階段昇降
 4.術後7日目  シャワー浴び


ベッド脇にかけられたリハビリ経緯表 (TC-1 + Tri-X 400)

術後5日目からは、まるでどこかのスポーツジムのようなリハビリ室で、脚の運動と、自転車漕ぎを毎日行った。

術後2日目で100m歩行までできる人は、あまりいないらしい。かなり順調に回復して体を動かせた方らしい。

看護師Oさんの聴診器を拝借して、自分の心臓の音を聴いてみた。よくは分からなかったが、雑音はしていないような気がする。

この日から2、3日、熱が37.2度くらいになる。術後の一般的な体の反応らしい。抗生物質を何回か点滴する。

ベッドにて
ベッドにて (TC-1 + Tri-X 400)

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手術翌日

翌朝は、ICUで8時にいきなり朝食。3分粥のご飯におかずとヨーグルト。確か、完食したはず。心臓は手術したものの、胃腸は元気なので、腹は減るのか?

左手に点滴の管があるので、右手でスプーンを持って食べた。左利きの私は、右手に点滴されてれば楽なのになぁと思う。

夜勤の看護師さんが帰宅される時間が近づいてきた。日勤の看護師さんとの引き継ぎ。話を盗み聞きする限り、特に問題はなく順調なようだ。そして、一晩面倒を見てくれたIさんが帰ってしまった。実はそのIさんの前に、前日、まだ麻酔から意識が戻る前にお世話になったICU看護師さんがいたのだ。これは後日、家族が撮っていた写真を見て分かった。合計3人のICU看護師さんにお世話になっている。

その後、エコーとレントゲンの検査をICUのベッド上で行う。ベッドの背をあげて座った状態で検査を行うのだが、その姿勢をとるのが体の自由が利かず大変だった。エコーの先生曰く、「逆流は止まってますよ」とのうれしい言葉。ICU看護師さんの夜勤から日勤への引き継ぎ時にも、「MR(僧帽弁逆流)は無くなっている」と言っていたのが聴こえたので、かなりホッとする。だって、この為に手術受けたのだから。

その後、体をタオルで拭いてもらい着替えをして、管も何本か抜いてもらう。スワンガンツカテーテルや、ドレーンは、医者が抜くが、尿管は、ICU看護師さんが抜いた。尿の管を抜けるタイミングは、管の栓を閉めて尿が膀胱に貯まるようにしておいた状態で、患者自身が尿意を感じれるようになった時らしい。

その後、朝11時にICU退室になることを伝えられる。思っていたより早くて驚く。一般病棟に移ると最初はベッドの周りのものを取るのも大変そうだったので、看護師Kさんにお願いして、家族に電話して来てもらうことに。ところが、家族の携帯がつながらない。後から聞いたら、家族は既に病院に向かって来ていて、電車の中だったので応答することが出来なかったらしい。病院からの電話メッセージが残っていたので、容態が変化したのではないかと驚いたらしい。

という訳で、手術終了から23時間後の翌朝11時に、ICUから自分で立って歩いて一般病棟に移動することができた。ICUのベッドから立ち上がる時は、血圧や心電図を取り、看護師とリハビリの理学療法士の方に付き添ってもらい、ハートハガーのハンドルを閉めて、息を吐き出しながら自力でゆっくりと立ち上がった。立ち上がってしまえば、スタスタと歩ける。そのまま、ナースステーション前で体重測定。術前に比べて3kg増加していた。手術すると、血管から水分が体内に漏れ出して水膨れの状態になるのが普通らしい。だから、利尿剤でおしっこをたくさん出す必要がある。術後3日目には元の体重に戻った。
一般病棟の看護師さんから、「お帰りなさい!」「歩く姿勢がいい」と声を掛けられ、ありがたかった。

ICU、そこで働く看護師さんはすごい。何がって、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが。生命の強さを測るバロメーターがあるとすれば、健康な人を10割とすれば、手術前には病気で9割くらいだったのが、手術後には体内への侵襲によりどん底近くまで落ち込む。それをあるレベルまでいち早く立ち直らせるのがICU看護師の仕事。いい加減な気持ちでは出来ないだろうし、医学知識も医者に準ずるくらいあるのでは?ということで、ICUの看護師さんにはホント感激してしまったのだ。

「ねぇ、○○先生、この患者さんの薬、これでいいよね?もう管抜いていい?」なんていう、若い医者へのタメ口トークが微笑ましかった。

「ICUシンドローム」なんてのがあるらしい。術前に抑えていた不安な感情が、術後に爆発してしまい医者や看護師にあたりちらす患者が中にはいるらしい、という予備知識を本で得ていた。

自分の場合は、麻酔のせいなのか、手術を終えた達成感のせいなのかは分からないが、ICUにいた間は、気分はかなり高揚していたと思う。看護師さんへ甘えたくなる男性心理もあったかも。うまい酒を飲んで酔っているオヤジの気分に近いかもしれない。周りの人と陽気に話をしたくなる。普通病棟で看護師さんと話をする時は敬語を使っていたが、ICUではとてもじゃないが敬語を使う余裕はなかった。気管に入っていた管の影響で声が出にくいし、連続して言葉をしゃべると辛い。だから、敬語ではなくてできるだけ短い言葉で意思を伝えたいと考える。最も、おじいちゃん患者は、自分の子供ような年齢の看護師さん相手だと、いつでも普通言葉でしゃべってるけど。

今度の一般病室は、ナースステーション前の特等席。手のかかる状態の患者は極力ナースステーションに近いところに置かれるようだ。この部屋、残念ながら、ナースステーションの機器の音や、医者や看護師の話声が頻繁に聞こえるので結構うるさい。だけど、自分の体の回復に努めるのが精一杯で、それを感じている余裕はまだなかった。

電動で背もたれの角度を変えられるベッドは必需品。小便は尿瓶(しびん)を使って。点滴と利尿剤のせいか、相当量の尿がでる。その日の夜には、トイレまで点滴を持って歩いていけるようになった。一時間、一分、いや、一秒でも時間が経つとそれだけ体が回復してくるのを実感できる。だから、「時よ早く経ってくれ!そうすれば体が楽になるから・・・」の気持ちで一杯だった。

昼食は3分粥で、夕食は5分粥。少し残す。

夜、寝るときは、時々体の向きを変えるために、看護師さんにクッションを持ってきてもらった。同じ姿勢で寝ていると、背中が結構痛い。

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手術当日 その2 手術後、ICUにて

ベッドで生きた魚のように、体が大きく跳ね上がった!!麻酔から覚めて、意識が戻った瞬間だ。

朝9時に始まった手術は、順調に進行し3時間半程で終了したらしい。その後、ICUに移り、意識が戻ったのが、夕方の4時頃。家族がベッドを覗き込んでいるのが分かった。ICUで寝ているところを写真に撮っておいて欲しいと事前に頼んであったので、自分の写真を撮られているのも分かった。


ICUにて、麻酔から覚める前 (TC-1 + Tri-X 400)(撮影者:母)

手術内容: MVP (僧帽弁形成術)
手術時間: 3時間半
心停止:   1時間弱
出血:     200ml
輸血:     なし

ウトウトした意識の中で、痛みは無いが暖かい胸部分、ベッドに寝ている自分、周りには看護師さんがいる、そうした状況から、「そうか、手術が終わったんだ・・・」と、だんだん実感してきた。そして、意識があるということは、手術もきっとうまくいったのだろうと感じていた。

意識が戻った当初は、やけに体が熱くて、汗だくになっていた。看護師さんに抱きかかえられるようにしてタオルで汗を拭いてもらったような気がする。


ICUにて、麻酔から覚めた直後 (TC-1 + Tri-X 400)(撮影者:母)

ちなみに、手術室からICUに移った時の私の体には、管が計10本挿入されていた。
挿入するのは全て麻酔がかかった後なので、痛みはない。抜く時も、痛みは感じなかった。比較的早い時期に抜いてもらえたので、まだ麻酔の影響が少しは残っていたからかもしれない。

ちなみに、抜いていった順番とそのタイミングは下記の通り。

1. 胃の管(胃の中のものを出し、吐き気を防ぐ、鼻から食道経由で胃へ)
2. 人工呼吸器の管(口から気管内へ)
3. スワンガンツカテーテル(心臓の機能を見る管、首から心臓へ)
4. 中心静脈ライン(心臓に薬や栄養を点滴する管、首から心臓へ)
5. 動脈ライン(血圧測定、採血用、左手首)
6. ドレーン2本 (術部からの出血を外に出す管、腹部)
7. 尿道留置カテーテル(おしっこの管)
8. 点滴(抗生剤や水分補給、左手首)
9. 体外式ペースメーカー用のリード線(不整脈や脈が遅い時に使う、腹部)

1.と2.は、手術当日。抜いた時の記憶はほとんどない。
3.から7.までは、手術翌日朝、ICUから退室するまでに。
8.は、術後2日目の朝。
9.は、術後4日目の午後。

ICUで目が覚めてから、翌朝11時にICUを退室するまでの間は、今から思い出しても、実に密度の濃い時間であったと思う。意識があった部分の記憶はかなり鮮明に残っている。

他の手術経験者の方も言っていたが、術後はのどがカラカラに渇く。とにかく水が飲みたいが、気管に管が入っていた関係で、管を抜いてから4~6時間経たないと水を飲ませてもらえない。食道ではなく気管に飲み水が入ってしまう恐れがある為らしい。それまでの間は、水を含ませたガーゼで渇きをいやす。そして、ウトウト・・・夜8時頃、ICU看護師のIさんが、「先生が、もう水を飲んでもいいって言ってるよ!」と耳元で叫んでいる声で目が覚めた。氷水の入った吸飲みを口にあて、こんなに水がうまかったのかというくらいおいしい水をごくりと飲んだ。

眠ったり、目が覚めたりの繰り返し状態がしばらく続いていたが、白衣を着た南淵先生がベッドの脇で、指でOKサインを出して、「ICUで一番美人の看護師が担当だからラッキーだね」と、冗談を飛ばしているのが聴こえた。(おっと失礼!本当にICU一の美人看護師さんでした。)

夜11頃、目が冴えていると看護師Iさんに伝えたら、その後、薬で眠らされたみたい。

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プロフィール

Author: カムバックハート

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カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の51歳男性。

2008年12月に40歳で心臓の僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)


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但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めて連絡下さる方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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お知らせ
このブログは、私が心臓弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。手術を受けた時の描写は2008年12月の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

(元)心臓病仲間のアンケートを企画・回答集計しました(2018年秋)。これから心臓手術を受ける方にはとても参考になるデータだと思います。アンケート集計結果はこちらの記事へ

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南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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