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近況を徒然に

このブログですが、記事の更新間隔が1カ月以上経つと広告が出てきて読みづらくなりますね。
ということで、徒然に近況でも記してみたいと思います。

術後9年半になりますが、体調は変わらずとても元気にしております。毎日の服薬は続いていますが、自覚できる副作用や弊害のようなものは一切ありません。本来、薬なんて飲まないで生きていくのが人類の体には良いのでしょうけど、リスクをかけて毎日薬を飲むことで、抑えることができているリスクの方が現時点では大きいと思っています。

先日の記事に書きましたが、昨年より海釣りにはまっています。ウキフカセ釣りと言われる磯釣りは、お魚さんを寄せ集めるための相当な重量のエサを背負子で背負って足場の悪い溶岩質の磯の岩の上をスパイクシューズを履き、ライフジャケットを装備してとことこと歩いてポイントまで移動しています。これがなかなかに体力が必要で、始めた当初は心臓もバクバク状態でした。でも、最近は少し慣れてきました。早朝から夕方まで、磯で海を眺めて身を清めることで最高の充実感を得ることができます。(実際にはのんびり磯の景色を楽しむ余裕はないくらい、釣れても釣れなくても釣り作業は忙しいのですが・・・)。加えて、釣果があった日は脳内でエンドルフィンが大放出し、全ての疲れが飛び去って行きます。

ついでに趣味の話をもう少し書くと・・・勤務先で一日2杯のペーパードリップのコーヒーを飲むのが日課となっています。自宅ではネルドリップです。以前、同じ珈琲豆をペーパードリップとネルドリップで飲み比べたら、その味の差の大きさに驚いたことがあります。ペーパーでは豆の持っている味を全く引き出せていないなと。流石に会社の給湯室でネルドリップをやるのは難があるので、会社ではペーパーで我慢しています。生豆をキロ単位で購入し、1回500gを銘柄を代えながら隔週で自家焙煎しています。機材はサンプルロースターと言われる手動のドラム式のやつでガスコンロの上において手回しします。銀座にあるカフェ・ド・ランブルで焙煎については色々教えてもらいました。パンも好きで、イースト菌は使わない小麦粉の自然発酵種によるパンを焼いています。国産小麦の自然発酵種をぬかみそのように数年絶やさず冷蔵庫で繋ぎ続けています。林弘子さんが書かれている本でパン作りに目覚めました。また、パンはオーブンで焼くものという思い込みを、梶晶子さんのパン作りの本で払拭し、わたくしの書斎にあるカセットコンロと無水鍋で、立派な1kgクラスのカンパーニュが見事に焼けることが分かりパン作りを楽しんでいます。一昨年から昨年は折りたたみ自転車での輪行を行ったり、能面打ち教室への参加も行いましたが、これらに割く時間を今は釣りに投資している状況です。テレビはほとんど見ませんが読書は好きで、三島由紀夫の「豊穣の海」をたまたま読んだのが約2年前。彼の作品に引き込まれてしまい、他の作品も読みたいということで、三島由紀夫全集全42巻を図書館で借りながら読書中です。長編、短編、戯曲は読み終えて、ようやく第27巻の評論まで来ました。

話は変わって、心臓手術相談ラボですが、南淵先生に替わって藤崎先生が動画でご登場されていますね。昨日気付きました。
東京新聞に月に一回、南淵先生のコラム記事が掲載されていましたが、これも別の先生に変更になってしまったようです。
先日の考心会には参加できませんでした。後日、講演内容の冊子が送られてくるのでそれが届くのを楽しみにしたいと思います。考心会会長の山本さんの経歴やお仕事のことが先日の東京新聞にお写真入りで載っていて興味深く読ませてもらいました。
来月10日に新横浜で外来なので、先生と深津さんの近況を聞いてこようと思います。もし6月10日に新横浜ハートクリニックで外来の方がいらっしゃればロビーにてでもお声かけ頂ければと思います。

このブログは、元々私の手術体験を、これから手術を受ける方に参考にしてもらえたらと思って書き始めたのですが、その当初からの目的が達成されていることを記されたコメントを今週立て続けに2通頂き、少し感激状態に浸って今この文章を書いているわたくしでございます。毎度の(元)心臓病仲間の集まりですが、「次回の開催はどうなってるんだ?」という問い合わせを受けることもなく開催実行のプレッシャーを感じておらず、今のところ未定というのが実情です。今年はわたくしの術後10年の節目になりますので、集まりもやりたいなという気持ちは持っております。(元)心臓病仲間のポートレート展も未だ実現できず。あきらめた訳ではないですよ。某所に応募してみるかと思案している今日この頃です。

(元)心臓病仲間の皆さんの近況も、当ブログのコメントにお寄せ頂ければ幸いです。

カムバックハートこと鍋島

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たかしげエッセー 『好き・嫌い』

私の(元)心臓病仲間のたかしげさんからエッセーを頂きました。
たかしげさん曰く、「食べものの偏った好き嫌いが健康を損ねる要因と思い、綴ってみました」とのこと。

ちなみに私(カムバックハート)は、子供のころから食事の好き嫌いは比較的無い方で、特に大人になってからは何でも美味しく頂けるようになりました。術後は塩分を控えめにと心がける方も多いと思いますが、適度な塩分は生きていく上で必要なもので、むしろ、極端に偏った食事を習慣的にとったり、飽食することが健康悪化の元だと思います。(それに仕事のストレスなどが加わると相乗効果的に身体バランスが崩れるような気がしますので要注意です。)

カムバックハート
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『好き・嫌い』

好きだ、嫌いだは男女や人間関係ばかりではない。毎日の三度の食事でもご飯だ、パンだ、ラーメンだ・・・と好みがある。平成育ちの人には理解できないだろうが、終戦直後の窮乏時期には苗を採った干からびたサツマ芋や進駐軍の放出携帯食糧で飢えを凌いだのを思い出す。卓袱台(ちゃぶだい)の上の粗末な食べものでも好きだ、嫌いだと云っていたら他のきょうだいに食べられてしまう。育ち盛りでもひもじい思いをしながら育ち、大人になった。食糧不足の終戦直後は国民みな痩せた身体で、たまに太っている人は裏のルートで買い求め“ヤミ太り“と陰口を叩かれ、逆に痩せている人を骨皮筋(ほねかわすじ)衛門(えもん)と揶揄した陰口を叩かれたが極貧の時代でやむを得なかった。

昭和初期に納豆に馴染みのなかった関西出身の母は東北出身の父に感化されたのから嗜好を換えて納豆が好きに変わったと聞いた覚えがある。食生活も郷に入れば郷に従えだ、食糧事情が好くなってから藁に包まれた納豆をよく食べさせてくれた。独特な臭いと糸を引く粘っこさが嫌いのもとらしい、好きな人は逆にこれが好物に換わる。食わず嫌いは言語道断だ。心臓手術後は納豆に含まれるビタミンkが服用薬ワーファリンの効能を阻害するので食するのを厳しく禁じられた。勤務先の昼食時には納豆が出る。納豆大好き社員が「貰っていいですか」と声かけてくる。「嫌いですか」の問いに説明するのに慣れっこになる。家では粘っこいオクラを代用として食卓にのるが形・味はまったく異なるし納豆の代用にはならない。ただ気遣ってくれている気持ちに感謝するだけだ。

気の置けない者同士の会食であっても好き、嫌いをあからさまにするのは避けるのがマナーだろう。過食、偏食、好き嫌いを戒めている現代では生活習慣病に罹らないようマスデイアが指針で喚起している。糖尿病・脂質異常症・高血圧・高尿酸血症など食べものの習慣性に深く関与していると考えられている。加齢によって発病すると考えられたために成人病と呼ばれたが、生活習慣が深く関与しることが分かり、きちんとしたしつけをされて育てられるのは食生活も同じだ。つまり好き嫌いが多いというのは甘やかされ、放任で育った人に多く見られる。性格としては、甘えや自己中心的な考えを持つ傾向の人に見られるようだ。

好きだ、嫌いだはほどほどにして息災で暮らしたいですね。

2017-7-5
たかしげ
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たかしげエッセー 『心臓人工弁の終り』

たかしげさんから昨年頂いていたエッセーをご紹介します。
たかしげさん、今年も引き続きよろしくお願いいたします。
カムバックハート
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八十路をいく身となると同年代の著名人の訃報に関心を持つようになる。自分自身にもひしひしと迫ってくる感じがする。人工弁やペースメーカーで命を支えられているから尚更だ。過日義兄が他界し葬儀に参列した。杖に援けられ心臓を患っている身体だと手を合わせるだけで、ただの参列者のような立場とならざるを得ない。

火葬が終わり骨上げの時、一つのお骨を二人で骨箸で挟んで骨壺に納めながら考えた。自分の場合は大動脈弁と僧房弁が機械式人工弁に置換されている。また、大動脈血管を10㎝ほどの長さを人工血管に置換してある。オマケのようにペースメーカーが左鎖骨下側に埋めてある。いろいろな人工物で補われた心臓で生きている。いや、生かされてるのかもしれない。しかし、いずれにしても生きてる者は「生者必滅、会者定離」だからいずれ逝くだろう。

火葬した後、ペースメーカーや機械式人工弁はどうなっているのか、焼けて跡形も無くなるのか ふと、脳裏をよぎる。1982年大動脈弁置換手術を受けた時に医師から機械式人工弁の材質はチタニューム材と聞いた。更に、2011年東日本大震災が発生した時は僧房弁置換手術を受ける待機中だった。血液抗凝固剤のワーファリンを服用するから同じに半永久的に寿命がある機械式人工弁に置換手術を受けた。

最初の手術からほぼ30年経過しているので不確かだが主材は新素材の炭素繊維らしい。
遺体の火葬温度は体格などで調整されるらしいが800~950℃程度らしいので機械式人工弁の残骸が残るのか、それとも跡形もなく焼けて無くなるのか興味がある。生体弁は当然人体と同じに焼却されるだろう。

自分の場合は骨上げの時に係員がどんな説明をするのだろうか、
副葬品の一部として見過ごされるかも知れないと思いながら係員の説明に耳を傾けた。
親戚縁者の前に置かれる遺骨は係員が選別したのだろう、ステンレスの塵取り風受け皿で机上に置かれた。それぞれのお骨の説明をしながら骨壺に納めていた。どのようなことでも知識と関心が無ければ聞き流してしまう。前述のような身体だから耳をそば立てて聞いた。

それぞれの身体の部位について喉仏・顎骨・背骨・頭蓋骨・・・・と骨の名を挙げて説明しながら骨盤から頭骸骨へと順序よく骨壺へ積み重ねて納めている。脚や腕の長い骨は納骨には長すぎるからか見当たらない。大きさが決まっている骨壺だからだろう。蓋が閉まるよう周囲を骨箸でザクザクと突いている。厳粛な儀式にしては抵抗を感じた仕種(しぐさ)だった。蓋を閉め、透明のビニールテープで密閉した骨壺を桐箱に入れて金襴(きんらん)緞子(どんす)の化粧袋がかぶされて喪主に丁重に手渡された。

一連の火葬納骨のプロセスで感じたことは、いま、30年余り命をつないでくれているペースメーカーや人工弁を遺品として残したいが火葬だから無理だろう。永年埋め込まれた人工弁などの鼓動を意識して助けられて来た愛着のあ命の源だ。今後も活躍を願い、火葬・骨上げの様子を視点を変えて興味深く眺め振り返ってみた。

  了
たかしげ
2016.10.20

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たかしげエッセー 『右と左』

たかしげさんから、またまたエッセーが届きました。前回の記事「心臓病に左利きが多いのか?」に関連して、「心臓にも右心房左心房とあり、人体の多くの部位は左右に分かれ存在しています。そんなことを思いながら綴ったエッセーがありましたので送信します」とのこと。たかしげさん、いつも興味深い文章を頂き、ありがとうございます。
カムバックハート
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みぎとひだりと云っても政治のはなしではない。人間のカラダは縦の中心を境としてほぼ対称(シントメリー)に出来ている。何故なのかわからないが、造物主は上手い具合につくってくれたものだ。飛行機のエンジンが故障し、片肺飛行で帰還したドキュメンタリードラマで観たことがある。人の肺はそういうわけにはいかないだろう。外部から見える手、脚は右と左は同じ働きをしている、でも左利きの人も器用に左手で箸をつかい、文字も速くきれいに書く。脚は手ほどではないが利き脚でキックしズボンや靴をはくとき意識しないで左右どちらか先に足を入れる。
心臓病を患い手術した体験を持った人は詳しく分かっているでしょうが、一つしかない人体の〈核〉です。やはり右心房・室、左心房・室とあり、働いてきた血液が静脈を通って心臓のみぎ側に戻り肺を経由して心臓のひだり側に入り新鮮な血液として全身に供給される。腎臓は肺と同じで、みぎと、ひだりで二つある。二つあるからかばい合っているのだろうか、どうなのか、精密検査しなければ分からない。
身体の外部にあってIT機能を備えた眼・耳はみぎと、ひだりがある。若いうちは普通の人はほとんど意識しないが近眼には気を遣う。老いを意識するようになると難聴か?老眼か?と気になる。左右ある耳や目は左右あるから片方が悪くなったり、衰えても良い方がカバーするので不便はあまり感じられない。生活に不便を感じて来るにはよほど悪くならなければ判らない。
誰もがテレビを毎日観て聴いて暮らしている。シニアと云われる齢になった場合、意識して掌や指で塞いで片方の眼で見る、耳で聴くと違いが判るはずだ。専門医で診査してもらうと不具合を指摘される。私の場合は乱視でメガネを掛けている。しかし読み物は裸眼で読める。前述の片方テストをすると明らかに差を感じた。さらにPCネットの緑内障テストを行うと明らかに異常初期状態と出た。眼科で精密診察結果眼圧が20で白内障・緑内障と診断された。でも日常生活では全く異常、不便は感じないが、太陽光の強いときや暗夜の段差などには注意が必要だ。毎日パソコンを抵抗なく操作している。心臓を含めていろいろな部位の病はアラームを鳴らして注意を喚起してくれる。シニア世代、後期高齢者と名付けられると眼や耳の右は?左は?の注意を意識したいですね。  
命の源の心臓を手術された体験者はとかく意識が心臓に片寄りがちですね。
                                了
                       2014-7 
2016-6-3推敲
     たかしげ

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たかしげエッセー 『中学卒業マラソンと喘ぐ心臓』

(元)心臓病仲間の集まりの常連参加メンバーであり、仲間の間では一番ご年配のたかしげさんからエッセーを頂きました。先日開催した集まりで話題に上ったマラソンをテーマに2007年に書かれたものに今回加筆を入れられた文章です。
カムバックハート

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『中学卒業マラソンと喘ぐ心臓』

 中学校は神奈川大学の南東の小高い丘の上にあり、周りは民家に囲まれて、遠く東側は横浜の港方面が眺望出来る学び舎たった。
昭和二十五年、世の中も終戦から少しずつ落ち着きを取り戻し、学校の行事も多く取り入られるようになってきた。卒業も間近になった二月の寒い日、校庭には全校生徒が運動着を着て集まり白一色でこれから恒例の「全校マラソン大会」がスタートする緊張の一瞬だった。ワイワイガヤガヤ、お喋りと吐く息が白く湯気のように生徒の頭上に漂っていた。僕もこのなかの一人だった。当然、健康な生徒のみの参加で体調の悪いものは決して無理して参加しないようにと厳しく注意されていた。
「心音が異常だ」と校医から運動を厳しく止められていた入学当時だったら参加しなかったかもしれない。バスケットボールや水泳で暴れまくり過激極まりなく体を動かしている。担任の先生は女の先生だけれど、僕が日ごろ元気にしているからかマラソンを走ることに何も云わなかった。

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プロフィール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の50歳男性。

2008年12月に心臓の僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)


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但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めて連絡下さる方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログのSSL化(セキュリティ対策)、カテゴリの編集、過去全記事の一覧表示へのリンク追加を行いました。お気づきの点がございましたらお知らせ頂ければ幸いです。(2018.8.17)

このブログは、私が心臓弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。手術を受けた時の描写は2008年12月の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

コルコバード


南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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