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救急車の呼び方

自分が救急車で病院に運ばれたことは過去2回ある。学生時代の交通事故の時と、2年前の服薬ミスによる失神(詳細はこちらの記事参照)の時だ。

自分が他人や家族のために救急車を呼んだことは過去3回。川で溺れていた人の救助の話は以前こちらの記事に書いた。

別の出来事は、2年程前のある朝の通勤時間、会社に向かって都内の住宅街を歩いている時に遭遇した。私の前方20mほどのところで、自分の車に乗り込もうとしたおじさんが突然仰向けに倒れた。最初は足を滑らせて倒れたのかと思ったが、近づいて行っても起き上がる感じがしない。住宅街なので周りには私以外に人が居ない。小雨が降っていたので傘を差しながら声をかける。会話はできるが「起こしてくれ!起こしてくれ!」の繰り返し。体が固まっている感じがして、腕や体を引っ張っても起こしてあげることができない。「今から、救急車を呼びますから・・・」と言って119番にかける。

119番にかけると、「救急車ですか?消防車ですか?」とまず最初に聞かれる。それから、住所だ。自宅の住所ならスラスラと言えるが、町の中で今いる場所の詳しい住所はとっさには分からないものだ。周りにあるお店の名前や、電柱に貼ってる管理番号や近所の家の表札などを利用すると良いらしい。救急車を待つ間に、車で通りかかった若い人が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれ、車を降りて寄ってきてくれた。おじさんに対して、「お父さん、もう年なんだから無理しちゃいけないよ」とか、色々話かけてくれている。後から思うとその方は医療関係者だったような気がする。学生らしき自転車に乗った若者や近所のおばさんも寄ってきて、救急車の道案内など協力してくれた。

おじさんは、脳や心臓の問題ではなかった模様。神経筋肉系の不具合で下半身が一時的に動かなくなったような感じであった。救急隊も命の危険はないと直ぐに判断したようだ。

都会では、道端や電車で誰かが突然倒れても、見て見ぬふりをされることがある。(元)心臓病仲間の一人からも、町で倒れた時に周囲の誰からも助けてもらえなかった経験があると聞いたことがある。

そういう状況に遭遇した時、誰か最初の一人が近寄れば、それを見て助けに入ってくれる人が必ずいる。倒れた人がいたら、意識があるか無いかを声をかけて確認すればよい。そして少しでも危険性があると感じたら直ぐに119番にダイヤルすること。そうしている間に周囲の人が必ず協力してくれる。もし自分がそういう状況を見かけた時に、躊躇なく最初の一人になれる心構えを持っておくべだと思った。

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弁膜症手術はいつ受けるべきなのか

今日の東京新聞朝刊、暮らしコーナーの健康相談に南淵先生の紙上診察室という記事が載っていました。ご参考までに要点をご紹介します。(大動脈弁閉鎖不全症の方の問い合わせに対する南淵先生の回答ですが、僧帽弁閉鎖不全症でも同じ回答が当てはまると思います。違いは大動脈弁の手術は弁置換が一般的なのに対して、僧帽弁は自己の弁を残した形成術でも治せる可能性が高いことです。)

質問: 大動脈弁閉鎖不全症の手術を早く受けるべきなのか、それとも悪化するまで様子を見た方が良いのか?

回答:
・聴診器で雑音が聞こえるので直ぐに診断可能。治療の要不要は心臓超音波検査で判断。
・重症の度合いは左心室がどれくらい肥大しているかで判定
・人工心肺で心臓を一旦止めて、人工弁に取り換える方法が一般的で最も安全
・小さい傷で済むという理由で行う小切開の手術は、安全性や有効性が確立されていないので避けるべきとう考えもあり
・経験と技術がある心臓外科医を選ぶことが大切
・心臓以外の病気などで体力が低下した状態で手術すると体の負担となり、手術で心臓が良くなっても回復が遅れることがある
・心臓手術を受けるならば、体力があるうち、症状が顕著でないうちに受けることがお勧め
・経験ある医療機関であれば2週間程度で退院可能。但し術前の生活や健康状態に影響され個人差あり。

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第24回川崎ジュニア文化省 受賞作品 「憧れの白衣」

川崎市幸文化センター内に市の図書館があり良く利用している。昨日、そこに行ったら、「第24回川崎ジュニア文化賞(小学生の絵画と作文のコンクール) 受賞作品」の展示が行われていた。原稿用紙4枚の作文が数点と、水彩絵の具で描かれた写生が数作品、ロビーに並べられていた。借りていた本の返却ついでに何の気なしにそれらの展示を眺めていたら、一点、興味を惹かれた作文があった。

「憧れの白衣」と題された小学5年生の女の子が書いた作文だ。その子が将来医者になりたいと思うようになったきっかけのエピソードが書かれている。作者である女の子が小学1年生のとき、その子のおばあさまが心臓手術を受けられた。内科から心臓血管外科に紹介されて、そこで出会った外科医は・・・

「とても背が高く、体はがっちりているけれど目は優しそうな先生だった」
「『一緒に頑張りましょう』といって手を握ってくれた。その先生の手は、とても厚くて大きかった。とても人の体にメスを入れるように思えないくらいあたたかかった。そして私の不安な気持ちを優しく、力強く包んでくれたように感じた」
「退院の日、嬉しいはずの祖母が少しさみしい表情をみせたように感じた。毎日会っていた先生と会えなくなるのが悲しくなったのかもしれない」
「先生は祖母の病気だけでなく、病気と闘う祖母の辛い気持ち、私達家族の不安な気持ちも受け止めて、心に寄りそって力強く支えてくれる存在だった」
「・・・退院してきた後も、先生とは切れない心の糸でつながっていると信じている」
「先生に会うと、祖母の心臓がより元気になったのではないかと思える。それは、先生の手術の技術だけではなく、先生のあたたかい人柄が患者の心や体をより健康にしてくれたからだと思う」
「私も、先生のように体だけではなく心も元気にできるような医者になりたいと思った」
「そして、友達との出会いを大切にして、心と心の交流を深めてあたたかい心を大きくしていきたいと思う。また、祖父母、両親と過ごす時間を大切にして、命のつながりや健康のありがたさも忘れずにしていきたい」
「いつの日か、憧れの白衣を着て、憧れの先生に会いに行きたい」

素晴らしい文章です。小学1年生の子供の持つ感受性の豊かさに驚かされました。そして、それを彼女が小学5年生になった今、文章として再現している訳ですが、その感受性と観察眼の鋭さが見事に表現されています。

心臓手術を受けた当事者の皆さんならこの文章に共感されることでしょう。手術を受けた当事者ではないのに、祖母の心臓手術の体験から感じた気持ちをここまで書けるものなのかと驚いた次第です。しかも小学生が書いた文章です。いやいや、受けた感情を余計な知識や経験で歪められることなくそのまま正直に表現することができる小学生だからこそ書けるのかもしれませんね。あと、なぜかこういう内容の文章はほぼ100%の確率で女性にしか書くことができないようです。この点については私なりの考察がありますので、いずれ別の記事で紹介したいと思います。

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(元)心臓病仲間とのお別れ

千住真理子さんのストラディヴァリウス「デュランティ」のバイオリンコンサートを是非生で聴きたいなと以前から思っていながらなかなか実行できず、今年こそはと思いコンサートスケジュールを確認していた丁度その時・・・

千住真理子さんのお母様である、千住文子さんが先月27日に87歳で多臓器不全により亡くなられたと今日知った。千住文子さんと言えば、南淵先生の心臓手術を10年前に受けられた我々と同じ(元)心臓手術仲間。南淵チルドレンとしてお悔やみ申し上げたいと思い、この記事を書いている。

南淵先生の手術を受けられるに至られた経緯や手術前後のご様子は「千住家の命の物語」を読んで頂ければとてもよく理解できる。患者側の心理的な描写が巧みに表現されていて私はとても共感することができた。(この本についての過去の記事はこちらへ)

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作家・林芙美子記念館

新宿区にある林芙美子記念館。「放浪記」「浮雲」などの代表作のある作家である彼女が死ぬまで住んでいた家が一般公開されている。実は文学の方の興味ではなく、相当の思い入れを込めて建てたというその建築物の方に興味があって見学に行ってきた。

期待通り素晴らしい建物(民家)であった。当時15万円、現在の貨幣価値でいうと7~8億円もするそうな。

それだけでは、このブログの記事にならない。そこでたまたま知ったのだが、林芙美子は実は弁膜症にかかっており、その心臓病が原因で満47歳で亡くなったとのこと。亡くなったのが1951年だから、まだ人工心肺も発明されるかどうかの頃。当時、心臓弁膜症を治せる手術なんてなかった訳だ。

心臓病に関わらなければ何気なく、「あっ、そう」で終わってしまいそうなちょっとしたエピソードを記念館の展示で目にして、親近感が湧いてしまった。

林芙美子の小説、読んだことないなぁ・・・読んでみるか。


林芙美子「落合日記」の直筆原稿。誤字だが5行目に「心臓べんまく性・・・とくとくとくと心臓が鳴る」という表現がある。


林芙美子の書斎

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プロフィール

Author: カムバックハート

カムバックハートブログバナー

カムバックハートこと、鍋島と申します。神奈川県川崎市在住の50歳男性。

2008年12月に心臓の僧帽弁形成手術を受けて、第二の人生をスタートさせることができました。

南淵先生と私

南淵先生と私(術後の初外来にて)


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但し、私は医者やカウンセラーではないので医学的なご質問にはお答えできません。初めて連絡下さる方は簡単なプロフィールをお願い致します。

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ブログのSSL化(セキュリティ対策)、カテゴリの編集、過去全記事の一覧表示へのリンク追加を行いました。お気づきの点がございましたらお知らせ頂ければ幸いです。(2018.8.17)

このブログは、私が心臓弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症という病気に診断されたところから、入院、手術、退院、その後の生活という流れで時系列に記載しています。手術を受けた時の描写は2008年12月の状況ですので、その後の医学の進歩で内容的に古くなっている部分があるかもしれません。実際の患者にしか分からない心理的な面の記述をできるだけ表現したつもりです。最初から読まれる場合は、「★はじまり ~こちらからご覧下さい~

コルコバード


南淵明宏先生の公式サイトにある「勇患列伝」 その7に出てくる「平松」とは私のことです。

yomiDr.のサイトにある世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ にこのブログのことを書いて頂きました。こちらの記事には第三回(元)心臓病仲間の集まりについて書いて頂きました。
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